食品照射Q&A 詳細版

Q1 食品照射って何ですか?

A1:
食品照射の原理は、医療器具などの放射線滅菌と同じです。放射線の透過力が高いことと食品を汚染する微生物が放射線に弱いことを利用して、自然界でも常に生じているDNA損傷を、一気に大量に起こして細胞の分裂・増殖を止めます。

そのようなDNA損傷は、煮炊きのような加熱処理でも生じますが、加熱では対象となる物体の温度を全体的に上げて、細胞を構成する生体分子すなわち細胞膜や酵素(蛋白質)や遺伝子(DNA)の変性や加水分解などの変化をまんべんなく起こすのに対し、放射線の場合は物体を透過しながらごく一部にだけ原子のレベルで集中的かつランダムにエネルギーを与え、そこがたまたまDNAだった時に、DNAの化学変化や鎖切断などの損傷を与えます。放射線が物体全体ではなくごく一部に集中的にエネルギーを与えることと、超巨大分子DNAが生物にとってアキレス腱であるという性質を利用することで、ほとんど温度を上げずに十分な殺菌効果が得られます。

熱に弱い医薬品やプラスチック製医療器具、衛生用品、化粧品、食品容器などと同様に、生鮮食品や冷蔵・冷凍食品も非加熱殺菌が可能です。殺菌よりも低い線量では害虫の駆除や不妊化ができ、穀物のコクゾウムシやダニなどによる食害の防止や、熱帯果実や柑橘類の植物検疫処理に有効です。さらに低い線量では、ジャガイモやニンニク、玉ねぎなどの芽止めができます。

しかし、技術的に可能な利用法の全てが実用化されているわけではありません。どこまで商業的に受け入れられるかは、他の技術と同様に、実用面と採算面の評価で決まります

Q2 照射しても安全なの?

A2:
食品照射が実用化される前に、もしかするとあるかもしれない安全上の懸念として、
 1)毒性(慢性毒性,発がん性,催奇形性を含む)物質の生成
 2)誘導放射能の生成
 3)生残菌の突然変異誘発による有害菌の発生や毒素産生の促進・放射線耐性や薬剤耐性の
   増大
などが考えられました。

しかし、これらの懸念についての国内外で膨大な研究の結果、照射食品を摂取することによる悪影響を示す証拠は一つもありませんでした。
すなわち、
 1)動物飼育実験などで急性毒性、慢性毒性、発がん性、変異原性、遺伝毒性、催奇形性は   見出されておらず、健康に有害な影響を及ぼすような食品成分の変化は生じない。
 2)食品照射に用いるCo-60のγ線、10 MeV以下の電子線、5 MeV以下のX線のエネルギーは  核反応のしきい値以下であり、適正な照射条件では誘導放射能は生成されない。
 3)生き残った微生物によるリスクは他の殺菌法と同じであり、照射で病原性や毒性が増大す  ることはない。
などの科学的な事実が明らかにされています。

その他に、食品安全上の問題ではありませんが、特定の栄養素の損耗など、食品としての品質低下が一部の人たちからは問題視されていました。
しかし、世界各国でのこれまでの研究の結果、
 ・1 kGy以下の照射では栄養成分の低減はほとんど起こらない。
 ・1~10 kGyでも脱酸素下で照射すれば栄養成分の低減はほとんど問題にならない。
 ・ビタミン類の中では水溶性のビタミンB1やビタミンCが分解され易いが、
  加熱処理による分解と同程度か、むしろ少ない。
などの科学的な事実が明らかとなり、栄養素の損耗は、加熱殺菌や調理などとの比較において、特に問題とならないことが結論付けられました。

以上のように、信頼のおける全ての科学的データは、食品照射は十分に検証された食品処理技術であることを示しています。放射線照射は、食品の衛生化や保存期間の延長によって、より安全で豊富な食品の供給確保に役立つものです。
食品の適正製造基準(good manufacturing practice:GMP)に規定される必要条件が満たされている限り、食品照射は安全で効果的な食品処理技術であるといえます。食品の適正製造基準を無視することに起因する照射食品のリスクは、本質的に、缶詰、冷凍、加熱殺菌などの他の食品処理方法の誤用によるリスクと変わりません。

Q3 どんな役に立っているのですか?

A3:
日本でふだん口にする全ての食品にいつも照射が役立つわけではありません。食品照射の出番は、他の食品処理方法では目的が達成できない、弊害が大きい、無駄なエネルギーや余計な費用が必要、などの場合に限られます。唯一許可されているジャガイモにしても、実際に流通し、その真価を発揮するのは、3月から4月にかけての端境期に限られます。

植物検疫で燻蒸剤として広く使われていた臭化メチルは、オゾン層破壊物質としてモントリオール議定書により国際的に使用が制限されることになりましたが、これに代わる適切な薬剤はありません。そこで、品質を保ったまま殺虫が可能な放射線処理を、通常の害虫駆除の手段としてだけでなく、国際植物防疫条約の下で植物検疫の手段として認める動きが活発になっています。すでに、メキシコミバエの羽化防止には70 Gy以上、などの国際基準が定められ、インドや東南アジア、ハワイなどから米国本土に持ち込まれるマンゴーやパパイヤなどの放射線照射による検疫処理が実用化されています。

さらに、香辛料、乾燥野菜、冷凍ビーフバーガーパテや冷凍エビなどの食肉・魚介類や生野菜などで、食中毒の原因となる菌を死滅させる、または腐敗菌の数を減らして日持ちを長くする効果がありますが、特にスパイス・ハーブ類はその色や香りが熱に弱いことから、高品質を保ちながら殺菌するためには放射線照射が最適であり、先進国向けのスパイス・ハーブ類では主流となっています。

最近では、2017年2月、カナダで冷蔵・冷凍牛挽肉の照射が新たに許可されました。これは、カナダ保健省(Health Canada)による「放射線照射が牛挽肉中の有害細菌を低減するための、安全かつ有効な処理である」との2016年6月の評価結果に基づくものです。

Q4 日本の消費者も食品照射の理解を進めることが必要ですか?

A4:
2003年、従来ニンニクの芽止めに使われていた農薬、エルノー液剤(マレイン酸ヒドラジド剤)が急に使用できなくなった時、国内のニンニク産地はパニック状態になりました。ニンニクは芽が出ると商品価値がなくなるため、年間を通じて安定的に出荷するには芽止め剤の散布が不可欠でした。またニンニク農家では、収穫・乾燥した後、冬の農閑期を利用して調整作業をし、出荷する方法が大半だったのですが、それが難しくなります。従って、その農薬が使えなくなると、代替の農薬はないため、ニンニクの出荷が一時期に集中し、価格の暴落が予想されました。さらに、国内産ニンニクに端境期ができると輸入ニンニクの急増も懸念されました。

ニンニクの芽止めには照射が非常に有効で、中国や韓国ではすでに実用化されています。日本でも照射がすぐに許可されれば問題は解決したかもしれませんが、その見通しが立たず、また「照射ニンニク」に対する消費者の不安や反発を懸念したこともあって、結果的には収穫後のニンニクを氷点下2~3℃で低温貯蔵するための大規模な冷蔵倉庫を建設して対応することになりました。ただし、この方法ですと、市場に出て室温程度に温度が上がると発芽が進んでしまいます。

食品照射は、WHOなどの国際機関によって安全性と有用性が確認され、世界各国で許可・実用化されている技術です。照射された香辛料・ハーブ類、乾燥野菜などが国際的に流通しています。しかし、日本では、ジャガイモの芽止め以外の照射は禁止されているため、照射された香辛料などが国内に持ち込まれると食品衛生法違反になります。そのため、食品業界では、海外から照射食品を持ち込まないように努力しています。

残念ながら日本では、消費者の理解が得られないという理由で食品安全規制当局の対応が進まず、食品照射の技術を世の中に役立てる機会が最初から失われています。現在、日本では、端境期にも新鮮な状態で美味しく食べられる芽止めジャガイモの他には、国内での照射処理も輸入も法律で禁止されているために、一般の人が実際に照射食品を食べてみて、その品質の良さを実感する機会はありません。その一方で、ネットで検索すると分かるように、照射食品は危ないと根拠も無く不安を煽る情報ばかりが溢れています。多くの消費者に食品照射についての正確な知識が伝わらず、「食品に放射線を照射する」ことへの理解が進んでいないのが現状です。

行政は、食品業界の要望もなく消費者の理解も得られないから食品照射の原則禁止を変えないといい、消費者は法律で禁止しているのだから危ないのではないかと思い、食品業界は消費者の不安や選好に敏感にならざるを得ない…。この三すくみ状態を打破して、より良い食生活の実現にむけて科学的な根拠に基づいた合理的な選択をするためには、食の安全に責任を負う行政機関と、食品のことを誰よりもよく知っている食品業界と、適切な知識を身につけた消費者とが、お互いの立場への理解を深めて行いくことが必要ではないでしょうか。

Q5 海外で色々な食品へと実用化されているのに、なぜ日本ではジャガイモだけなのでしょうか?

A5:
日本では多くの先進諸国と同様に、食品への放射線照射はいったん原則的に禁止した上で、安全性が確認されたものから個別に許可するという手順を取っています。
日本で1972年にジャガイモの照射芽止めの許可に先立って、国を挙げての安全性試験が実施され、ジャガイモと玉ねぎの芽止め、米と麦の殺虫、ソーセージとカマボコの殺菌、みかんの防カビについて安全性が確認されました。そして、ジャガイモに続いてこれらの食品の照射も許可される筈でしたが、一部の消費者団体による照射馬鈴薯ボイコットなどの執拗な反対運動の影響で、許可を要請する立場にある事業者や関係省庁と、許可を与える立場にある厚生省の双方で、食品照射の実用化を進める機運が後退し、次の一歩が踏み出せないまま今に至っています。

食品照射については世界のどの国でも放射線への嫌悪感・忌避感から来る反対運動があり、日本だけ特別に逆風が強い訳ではありません。しかし、日本を除く全ての先進国が国際機関による評価をもとに繰り返し安全性を評価し食品照射の規格・基準を整備してきた中で、日本では、40年前のジャガイモ芽止め照射の実用化後、世界の趨勢から取り残されたまま、食品照射の規制が見直されることはありませんでした。

そして、「照射食品は安全ですか?」という消費者からの質問に対しても、厚生労働省は「科学的な健康影響評価は食品安全委員会の役割」、食品安全委員会は「厚生労働省からの諮問がないから評価しない」との立場であり、欧米各国で1980年代から進められてきた、「安全性評価」→「消費者利益と技術的必要性、社会受容性の判断」→「法令の整備」という社会的合意形成のプロセスが全く機能していないのが現状です。

日本で食品照射に対する消費者の理解が進まないのは、「芽止めじゃが」以外の照射食品を実際に利用してそのメリットの有無を自分で確かめる機会が食品衛生法によって最初から奪われているためと考えられます。本来、政治と行政を動かすのは国民の声であり、事業者を動かすのは消費者の購買行動における商品の選択です。しかし、知らないが故に、行政への要求も、商品の選択もできません。

消費者の理解が進まないもう一つの理由は、多くの国民が(ひょっとすると行政関係者までもが)「照射食品の安全性に問題があるから禁止されている」と思い込んでいるからではないでしょうか。
食品衛生法で照射が原則禁止されている本当の理由、すなわち、ジャガイモの照射芽止めを許可する際に「まず食品への照射を原則禁止し、それから要望のあった個別の品目について安全性を確認して照射を許可する」という手順で進められた経緯、『許可するための禁止』だったということが全く説明されず、「有害だから禁止されている」との誤解が放置される結果となっています。そして、事業者のニーズが顕在化し難いのは、国による安全性評価が行われない限り、そのような消費者の誤解を解くことが困難だからではないでしょうか。

以下でご紹介するカナダの例は、日本でも参考になるのではないかと思います。

2017年2月、カナダで冷蔵・冷凍牛挽肉の照射が新たに許可されました。これは、カナダ保健省(Health Canada)による「放射線照射が牛挽肉中の有害細菌を低減するための、安全かつ有効な処理である」との2016年6月の評価結果に基づくものです。

カナダ保健省は2002年、牛肉を含む4品目の照射食品許可を提案しましたが、規制変更の官報公告に至りませんでした。ところが2012年に発生したエクセル社(XL Foods Inc.)における大規模な牛挽肉リコール事案(原因は腸管出血性大腸菌汚染)に関する独立調査委員会による報告書で、照射処理を検討することが勧告されたため、2013年5月、カナダの牧畜事業団体(Canadian Cattlemen’s Association, CCA)は政府に対し、カナダ国内で販売する生鮮および冷凍牛挽肉の照射許可の要請を行いました。そして2016年6月、カナダ保健省は牛ひき肉照射についての安全性評価結果を公表するとともに食品照射規制改正案を提案し、75日間のパブリックコメント期間を経て規制改正されたということです。

カナダ保健省が受領した全18件のパブリックコメントのうち、13件は、科学的根拠に立脚した安全性と効果、食品安全の向上、既認可の照射食品の存在、施設の稼働性、WHO/FAOの見解、国外(特に米国)での牛肉の照射許可、消費者の選択肢の増加などを理由に、牛挽肉の照射に賛成していました。

一方、5件の反対意見の理由には、安全性の懸念(照射牛肉そのもの及び照射工程管理に関する懸念)、食肉の微生物汚染の現況に照射は不要、照射許可は中小の食肉加工業者や牛肉輸出業者に不利、といった産業競争力に関する潜在的な懸念が含まれていました。

しかし、カナダ保健省は、これらの懸念に対し、照射牛肉中に生成する分解生成物は微量かつ短寿命のため、照射牛肉の摂取による健康影響は認められないこと、微生物汚染には乳幼児や老人といった高リスク層も考慮した対策が必要なこと、食品の適正製造基準(good manufacturing practice:GMP)に則った適切な衛生管理は、照射の導入如何にかかわらず、全ての規模の屠畜場と食肉加工業者が遵守すべき事項であること、本規制改定は照射牛挽肉の国内流通を可能にするもので、輸出に当たっては相手国の国内規制を遵守するものである、との返答を公表し、牛挽肉の照射認可を結論したのです。腸管出血性大腸菌O157などによる食中毒の発生が相次いでいる日本にとっても参考になるのではないでしょうか。

Q6 食品照射のデメリットってなんでしょうか?

A6:
(1)コストが高い
芽止め照射の費用は2~3円/kgですが、コストは線量に比例するため殺菌のための線量ではその10~100倍になります。したがって、商品価値が高くメリットが大きい場合や、他に適当な方法がない場合に限って使われます。

(2)食品によって向き不向きがある
肉類や乳製品に高線量を照射した場合の異臭の発生や色調の変化、小麦粉の粘度低下など、食材や照射条件によっては風味や加工適性が変わることがあります。なので、加熱や冷凍、缶詰、レトルトパウチ、農薬や食品添加物など、既存の食品加工技術、食品衛生化技術の全てが照射処理で代替されることはありません。

肉類などを高線量照射した場合に発生する異臭は、「照射臭」とも呼ばれ、肉類を日光に曝したときに発生する臭いと似ています。その原因は主として脂質や蛋白質の分解による揮発性物質であり、空気中・室温で高い線量を照射すると発生し易く、脱酸素下あるいは低温・凍結条件下の照射では抑制されます。香辛料類や茶葉などは、照射しても香りは変化しないか、逆に照射によって好ましい香りが強くなる場合もあるなど、食品にもともと含まれる成分や、商品特性に依存する部分が大きいことが知られています。

照射によるウイルスの不活性化も原理的には可能ですが、カビやバクテリアの殺菌よりも高い線量が必要なので、多くの場合、風味や硬さの変化やコストが膨大にかかる等の問題が起き、食品としての価値がなくなり、実質的に有効と言えません。また、照射によってカビ毒産生菌の増殖抑制や害虫の食害痕からのカビ感染の予防が期待できますが、すでに蓄積したカビ毒の分解はできません。さらに、照射した食品も、滅菌されていない限りいずれは腐敗します。照射しようとする食品は、当然ながら食品としての適正を備えていることが必要であり、照射済みの食品についても、適切な取り扱いが必要です。

なお、水溶性のビタミンB1やビタミンCなど特定の栄養素の損失も起こり得ますが、加熱処理と同程度以下であり、特に栄養学的な問題にはならないとのデータがあります。

(3)消費者の感覚的な拒否反応が心配
一般の消費者に誤解・敬遠される虞があり、食品メーカーや小売店、飲食店は、マスメディアやSNSでのネガティブな情報拡散による風評被害や企業・商品イメージの低下、一部の団体による嫌がらせやボイコット運動などのリスクを負います。科学的データに基づいた食品安全規制当局の毅然とした態度と行動、そして各方面の関係者の粘り強いリスクコミュニケーションの努力によって消費者の理解と信頼を得られない限り、日本の消費者が食品照射のメリットを享受することはできません。

食品照射に限らず、技術的に可能な食品処理法の全てが実用化される訳ではありません。どこまで商業的に受け入れられるかは、他の技術と同様に、実用面と採算面の評価で決まります。すでに世界各国で実用化されている食品照射の対象品目は、様々なデメリットを克服して社会にその価値を示すことができた希有な成功例だと言えるかもしれません。

Q7 表示は大切だと思うのですが、海外ではどのようにしているのでしょうか?

A7:
国連機関のFAO/WHOの国際規格委員会(コーデックス)では、照射食品に関する一般規格を定め、出荷書類に照射の事実を記載すること、最終消費者に対しバラ売りする食品の場合は売り場に食品名と照射されている旨を表示すること、また包装済み食品については、食品名の近くに照射された事実を言葉で表示すること、照射食品を原材料に用いた場合は原材料リストにその事実を表示すること、などを定めています。しかし、加盟国に強制するものではありません。

EUでは、すべての照射食品で「照射」あるいは「放射線処理」という言葉を表示することを義務づけ、その担保として欧州標準化委員会(CEN)が定めた標準分析法を用いて市販流通品のモニタリング調査を行っています。米国では、表示は消費者への警告ではないという考え方から、肉類と果実はコーデックス規格に則った表示をしていますが、香辛料は表示していません。カナダでは、成分の10%以上が照射されている場合に表示を義務づけていますが、2005年から食品と医薬品のどちらでもない「サプリメント」というカテゴリーが設けられ、サプリメントの照射は食品照射の規制を受けないことになりました。

Q8 照射した食品かどうかを見分けることはできますか?

A8:
食品照射が許可された場合でも、消費者による自由な選択のために、照射食品である旨の表示が必要ではないか、という意見があります。

欧州連合(EU)では、製品への表示を義務付け、その表示の正しさを担保するため欧州標準化委員会(CEN)が定めた標準分析法(EN規格)を用いて市販流通品のモニタリング調査を行っており、2016年に公表された年次報告資料では、主にスパイスを対象とした市場調査で検査された製品の97%では表示内容と検査結果に齟齬はなく、EUの規制が大筋で遵守されていると結論しています。CEN標準分析法として採択された10種類の検知法のうち9種類がCodex標準分析法(Codex General Standard for Irradiated Foods, CODEX STAN 231-2001, Rev.1-2003)としても採択されています。

食品への照射履歴の有無を判別する検知法は、その原理に基づいて以下の3つに大別できます。
1. 物理的検知法:照射によって発生し、食品中のセルロース、骨、結晶性糖質などにトラップさ れた化学活性種(ラジカル)や、農産物・食品に付着・混入している砂埃のような鉱物質に蓄 積された放射線エネルギーを熱ルミネッセンス(TL:thermo-luminescence)法、光刺激ル ミネッセンス(PSL:photo-stimulated luminescence)法、電子スピン共鳴(ESR:
 electron spin resonance)法などで検出する方法。
2. 化学的検知法:食品中に含まれる脂質などの放射線分解生成物(炭化水素や2-アルキルシク ロブタノン類)をガスクロマトグラフィー・質量分析(GC/MS)法などで検出する方法。
3. 生物学的検知法:食品中に含まれる動植物細胞内のDNA損傷量をコメットアッセイ法(単細 胞電気泳動法)で解析する方法や、生菌数と死菌数の比率あるいは生残菌の種類の観察によっ て照射の有無を推定する方法など。

日本では、食品衛生法(第11条)に違反する照射食品の流通を防ぐために、TL法(平成19年7月6日通知、平成21年8月7日改正)、アルキルシクロブタノン法(平成22年3月30日通知)、ESR法(平成24年9月10日通知)の3種の検知法が厚生労働省の通知法(公定法)として用いられています。

TL法は、食品そのものではなく、不純物として食品に付着・混入した鉱物を回収し、そこに蓄えられた放射線のエネルギーが加熱によって解放される際の発光量を測定する物理的検知法です。測定によって照射履歴の情報は失われてしまいますが、続いて基準線量(例えば1 kGy)の放射線を照射した後に再び発光量を測定し、最初の測定時の昇温—発光スペクトルとの比較によって照射履歴線量を推定することができます。清浄な食品からは鉱物の回収が困難ですが、泥や砂の付いた食品では比較的高感度に検出でき、香辛料、野菜・果実、茶、アサリ、エビなどに適用されます。

アルキルシクロブタノン法は、食品中の脂質から放射線分解産物として生成した2-アルキルシクロブタノン類(2-ACBs)をGC/MSで検出する化学的検知法です。2-ACBsは放射線に特異的な生成物とされ、現状では最も信頼性が高い方法ですが、2-ACBsの分離操作が煩雑で熟練を要し、時間もかかることが難点です。

ESR法は、食品中に生成した比較的長寿命のラジカルの不対電子を検出する方法で、乾燥香辛料ではセルロースラジカル、骨付き肉や貝類では骨や貝殻に生じたラジカル、乾燥果実では結晶性糖質のラジカルが測定されます。試料調製が簡単で、原理的に非破壊測定ですが、通常は採取した試料を乾燥・粉砕する必要があります。照射で生成したラジカルが測定時まで安定に存在している必要があるため、水分含量の多い生鮮食品には向かないとされています。