様々な放射線利用例と必要な線量

図:放射線利用例と線量(単位:Gy)
生物への照射効果を利用するのは、おおよそ1 Gy〜数十 kGyの線量域。
0.1 Gy以下の線量域のX線透視やX線CT、核医学検査などは、放射線の
生物作用を期待するものではない。

放射線利用の線量は目的と照射対象によって大きく異なり、最も高い線量が必要なのは原子炉などで用いられる材料の耐放射線性の評価試験です。

プラスチック・ゴム製品などの高分子材料の架橋やグラフト重合による加工・改質の目的では数十kGy(数万グレイ)から1MGy(百万グレイ)以上、医療器具や薬剤、衛生用品、食品容器などの非加熱滅菌は20〜50 kGy、スパイス・ハーブ類や冷凍・冷蔵食肉魚介類の食中毒防止や腐敗防止(日持ち向上)のための殺菌は1〜10 kGyで達成できます。

滅菌・殺菌よりも低い線量では、保存中の穀類や青果物の害虫を駆除あるいは不妊化することによって、ゾウムシ類(コクゾウムシなど)やダニなどの繁殖による食害を防止できます。ゾウムシ類によるコメなどの穀類の食害には、齧られた傷からのカビの発生が伴うため、照射による食害防止はカビの発生防止とカビ毒産生の防止、すなわちアフラトキシンなどのカビ毒による汚染の防止にも役立ちます。

熱帯果実・柑橘類の輸入に伴うミバエ類などの検疫害虫の国内への侵入防止のための植物検疫では、病害虫が発見された場合の消毒手段に利用できます。

検疫目的の「消毒」では、必ずしも病害虫を即死させる必要はなく、不妊化によって侵入後の繁殖を阻止できればよく、食害防止についても、紛れ込んだ成虫の寿命はそう長くはないので、産みつけられた卵の孵化や幼虫の羽化を阻止できれば十分です。即死させるためには3〜5 kGy必要ですが、不妊化であれば放射線感受性の高い生殖細胞だけが不活性化されればよいので100〜500 Gyで十分です。

さらに低い線量では、ジャガイモやニンニク、タマネギなどの芽止めができます。芽のもとになる部分は他の組織よりも放射線に感受性が高いため、収穫後の適切な時期に適切な線量を照射して細胞分裂を妨げることによって、発芽を抑えながら新鮮な状態で保存することができます。芽止めに必要な線量は、ジャガイモの場合は60 Gy、タマネギやニンニクでは20〜150 Gyです。

南西諸島で実施されている不妊虫放飼法におけるウリミバエやアリモドキゾウムシの不妊化は60〜70 Gyで達成できます。これらの殺虫、不妊化、芽止め処理も、滅菌・殺菌と同じく、放射線照射によって細胞の分裂と増殖が阻害される作用に基づきます。

あまり知られていない利用法としては、輸血用血液製剤の照射処理があります。日本では、他人血から作られた血液製剤による輸血後移植片対宿主病予防のために15〜50 Gyの放射線照射が義務づけられています。15 Gyはリンパ球の不活性化に必要な線量で、50 Gyは赤血球や血小板が劣化しない上限線量です。

X線外部照射による一般的な放射線がん治療での1回当たりの線量は通常2 Gyで、何日かおきに延べ数十Gy程度まで照射を繰り返します。最近普及しつつある重粒子線がん治療では、一度に大きな線量を照射し、より少ない回数で、極端には1回だけの照射で治療することも可能になりました。いずれの場合も、がん組織と正常組織の放射線傷害からの回復力の違いを最大限に利用し、重篤な副作用を防ぎながらがんを制御するために、線量と照射間隔の最適化や薬剤の併用などが模索されています。