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vol06.食べられる実をつけた街路樹

小林泰彦:2010年5月

風光る5月になりました。私の住む街では、歩道のハナミズキが白やピンクの花を咲かせています。散歩で立ち寄る高台からは、西上州の山々が見渡せます。そしていつも思うのです。ここにビヤガーデンがあったらなあ…

ところで、茨木のり子氏の「六月」という詩をご存知ですか?

          どこかに美しい村はないか
          一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒
          鍬を立てかけ 籠を置き
          男も女も大きなジョッキをかたむける

私事で恐縮ですが、この作品が高校の入試問題に出ていて、何をどう感じたのやら中3男子のハートをわし掴み!泣きそうなくらい“感動”しながら答案を書いて、そのお陰でなんとか合格しました。
 
それから何十年。この一節がずっと心に引っかかっていて、あれは誰の、何という詩だったのだろう? もう一度じっくり読みたい! そう思いつづけていたところ、つい先日、ひょっこり再会できたのです。

それは、板坂耀子さんという国文学の先生のサイトで、「比較言語文化概論」の中で取り上げられていました。

C.S.ルイスの長編ファンタジ−小説「ナルニア国ものがたり」7部作の一つ「馬と少年」では、窓には白いレースのカーテン、赤と白の格子縞のテーブル掛け、キツネ色の薄く切ったトーストに黄色い柔らかなバター、ベーコンと卵とキノコを一緒にフライパンで炒める匂いなど、読者である子供たちが慣れ親しんでいるイギリスの日常生活と風物をナルニア国に託して理想のものとして無邪気に謳い上げる一方で、ナルニアと敵対する野蛮で未開な国の象徴として描かれる異境・カロールメンは、大寺院と祈りの塔、ヤシ並木、頭にターバンを巻いた人々の雑踏、香料の匂い、水売り、そしてぼろを着た子どもたちや乞食など、良く言えばアラビアンナイトの世界、しかし同時に現実の世界の中近東地域をイメージさせることも明らか…。

板坂先生はそのことに腹を立てて、「人間が悪を描く時は、自分の知らない異境の風景や風習をそれにあてはめやすい」とあきれながら、ふと自問自答するのです。

「アラビアの人はどうかわからぬが、少なくとも日本人が本当に幸福で平和な理想の村や家を、このようなかたちで描けと言われたら、結構多くの人が、このルイスの描写に近い『どこか西洋風の』家や村をイメージしそうな気がして来たのだ。(中略)いったいどれだけの人が、幸福の象徴のような生活の場所を空想して描けといわれて、日本の田舎の生活…わらぶき屋根や、鎮守の森や、いろりの火などを考えるだろうか」

「私も含めた近代の日本人の多くが、『美しい村』を連想する時、自分の故郷をそれに無心に重ねあわせることができず、異国の風景を描いてしまうというのは、あるいは不幸なことなのかもしれない。いろいろの理由があるにせよ、これから先はどうなるかわからないにせよ。」

そして、「茨木のり子氏の美しい詩『六月』でも、登場する村や町はどことなく外国の雰囲気が流れている」という文脈で紹介されていたわけです。

その「六月」の第2連はこんなふうに続きます。

          どこかに美しい街はないか
          食べられる実をつけた街路樹が
          どこまでも続き すみれいろした夕暮は
          若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

そういえば、ハナミズキは秋になると赤い可憐な実をつけます。あの赤い実は食べられるのでしたっけ…。他に、街路樹で「食べられる実」と言えば… 桑の実、サクランボ、それから、銀杏? 梅? …ちょっと違いますね。

日本近代のユ−トピア感覚について、板坂先生の考察はさらに続きますが、引用はこれくらいにして、筆者自身の理想の「美しい村」を語らせていただけるならば、それはまさにこの「六月」で描かれたようなものでした。自分の故郷でないことは確かですが、さりとてはっきりと異国の風景だと意識したわけでもなく…

学生のころも、その後も、いろんな状況の中で右往左往していたときも、そして今も、いつもこの「美しい村」のイメージが遠く心の中にあったように思います。

だから、時を超えて偶然再会できたこの詩の最後の連を、私を円卓会議に誘って下さった方、会員の仲間たち、そして今このサイトをご覧のすべての皆様に捧げます。

          どこかに美しい人と人との力はないか
          同じ時代をともに生きる
          したしさとおかしさとそうして怒りが
          鋭い力となって たちあらわれる

(この詩が「六月」と題されている理由を、もしどなたかご存知でしたら教えて頂けないでしょうか?)