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vol12.タイのくらしと食品安全

森田満樹:2010年11月

 海外からみると、日本は世界でもトップクラスのレベルで食の安全が確保されていると思われています。しかし日本に住んでいる多くの消費者は、食の安全に不安を抱いています。特にここ数年、偽装表示の多発、中国餃子事件など様々な問題が起こり、安全と安心の距離はますます広がってきています。それに答えるかのように食品の自主回収が急増しており、その中には安全性に問題が無いものまで廃棄されている現実があります。
 世界では食べ物に困っている人がたくさんいるのに本当にもったいない、しかも私たちは食料の多くを海外からの輸入に頼っているのですから、申し訳ないような気持ちになります。

 私がそう感じるのは、ちょうど日本で事件が頻発した2007年から2年間、日本を離れてタイで暮らした経験が影響しているように思います。タイで日本では全く異なるリスク感覚を肌身で感じたことで、日本の消費者の食の安全に対するリスク感覚に「ちょっと違うんじゃないの?」と、違和感を覚えるようになりました。
 私の価値観を大きく変えたタイのくらしについて、ご紹介してみたいと思います。

*タイのくらしを取り巻く様々なリスク

 私たち家族は2007年8月から、タイ・バンコクに移り住むことになりました。ちょうどその1年前にタイでは軍部クーデターがあり、政情不安の状況が続いていました。滞在していた2年間、政党の対立からデモや空港閉鎖などの事件が頻発し、帰国した後もデモ隊と軍部が衝突して大勢の死傷者が出ました。私たちが住んでいた地域は、バンコク市内でも日本人や欧米人が多く済む地域で安全と言われていましたが、政情が不安定になると外出もままなりません。タイは国内にも火種を抱えている国ですが、隣国はミャンマー、カンボジアで国境では様々な小競り合いがあり、東南アジア全体をみるとイスラム過激派の爆破事件もあります。地政学リスクという意味からは、一寸先が読めず、不安な気持ちに陥ることもありました。

 他にも心配事はたくさんありました。最初にびっくりしたのは道のあちこちで、野良犬が寝ていること。高級デパートが立ち並ぶメインストリートでも、ところ構わず、です。野良犬が恐いのは狂犬病です。予防接種はしていますが、噛まれたらすぐに病院に行かなければなりません。何とか野良犬をよけても、歩く道はデコボコで歩道も無く、すぐ横を車が走り抜けるので、交通事故も恐ろしかった。身近な友人が犬に噛まれて病院に運ばれた、車に足を引きずられて怪我したり、そんな話を聞くたびに気持ちがピリピリしてました。


 そんなわけで、歩くのも大変だから車に乗ろう、ということになるのですが、バンコクの渋滞は世界でも有名です。2キロ離れたところを1時間かかる、何時間も車に閉じこまれるのはざらです。渋滞のため、子供たちのスクールバスも朝5時から6時前後に出発していました。それだけ渋滞するから大気汚染もひどく、バンコク市内の有害大気汚染物質の測定値は常に基準値をはるかに超えており、呼吸器系疾患や肺がんの発生率も高い。インフラ整備が不良なことで、私たちの健康をこんなにも脅かすことがあると気付かされました。


 一番恐いのは熱帯地方特有の感染症のリスクです。食べ物や水から感染する病気は、コレラ、赤痢、腸チフス、肝炎などがあり、虫が媒介する病気には、デング熱、マラリア、日本脳炎があります。イヌに噛まれたら狂犬病が怖いし、怪我をしたら破傷風菌の感染が怖い。大げさではなくて、これらの感染は日本人の中でも珍しいことではありませんでした。蚊に刺され熱が出たらデング熱を疑ってみる、腹を壊したら早めに病院に受診する。それから熱い国だからインフルエンザの流行は無いだろうと思われがちですが、新型インフルエンザは日本よりも早く感染者が出て大流行していたので、当時はこのまま帰国できなくなったらどうしようなどと心配したりしていました。

 こうやってタイの暮らしを取り巻くリスクを考えた時、私たち家族の寿命はさぞかし縮んでしまうだろうと、最初は心配したりもしました。環境汚染物質や化学物質の暴露にどのくらいの健康影響があるのか、損失余命というモノサシがありますが、それに照らし合わせるとどんなものだろうと計算したりしてました。しかし不思議なもので、だんだんと慣れてくるものです。そこに住んでいるタイ人は、過酷な環境に加えて、生活も決して豊かではないのに、みんなにこにこ笑っています。微笑みの国、とはよく言ったもので、何事も「マイペンライ(気にしない)」という気質です。住んでいるうちに、どうやらマイペンライの気質に感染したようで、いろんなことがあまり気にもならなくなりました。日本よりも楽天的な国で暮らしたことで、もしかしたら寿命も延びたかもしれません。
*食を取り巻くリスク

 さて、タイのくらしは様々な不安要因があるので、不安要因の順番をつけるとしたら、食品安全は相対的に高くはありません。しかし食中毒のリスクは高く、日々気をつけなくてはなりませんでした。タイには食中毒統計はありませんので、詳細はわかりませんが、タイ保健省発表の疾病統計では、最も多い病気は「急性下痢症」となっており、例年、100万人以上が罹患しています。それに、食中毒および何らかの消化管感染症を加えますと150万人程度となります。日本とはけた違いの状況です。コレラによる死者数は公表されていますが、それだけでも毎年数百人の死者が出ています。

 ところで、日本人の旅行者は抵抗力が弱いのですぐ食中毒になるが、タイ人は食中毒にならない、という話をよく聞きますが、そんなことはありません。食品衛生を含めた衛生状態は悪く、タイ人も急性下痢症や食中毒に苦しんでいます。そういえば、タイ人の友人からお腹をこわすから行ってはいけない屋台など教えてもらったりしていました。私たち家族もかなり気をつけているのですが、原因不明の「急性下痢症」には何度も苦しめられました。子供の学校から突然連絡があり、迎えに行ったこともしょっちゅうでした。食べ物が原因で健康を害すというのがこれだけ日常茶飯事だと、食に対するリスクの感覚は明らかに変わりました。食中毒予防の原則を生活に取り入れ、味や臭いに敏感になり、感覚も研ぎ澄まされてきたように思います。

 その一方で、食中毒以外の食品安全に関する不安要因については、タイの消費者は関心が薄いようです。しかしバンコクの保健所の人の話では、タイの市場では、保存料など使用基準を大幅に超えて使っている魚団子があったり、残留農薬に高濃度に汚染されている青果物があったりするそうです。食品中に残っている可能性のある農薬を分解するために、酸化力の比較的強い過マンガン酸カリウムの液体を水に薄めて青果物を洗うことが、保健所によって推奨されていました。スーパーでは毒消しのように水に加えて野菜を洗う剤が様々販売されています。市場に普通に販売されている食品は安全ではない、ということを保健所が広報しなくてはならない、そんな国なのです。日本とはずいぶんと異なる状況に驚きました。

 私が滞在中に、食品添加物の量を間違えて使用して食中毒が出たケース、腐った缶詰を政治家がわいろをもらって学校給食に売りつけたケースなど、日本では考えられないような事件が次々と起こりましたが、あまり大きなニュースにならないことも不思議でした。日本では食品による健康危害はめったにありませんがが、タイでは実際の危害が起こっています。こんなに食のリスクが高いのだから、タイではどうして、消費者団体がもっと盛んに活動しないのかとタイ人に尋ねたことがあります。タイでは市民の関心は政治で、政情不安もありますから、なかなか市民運動は育たない、そんな答えが返ってきました。

 ところで、食中毒以外の食の安全については関心の薄いタイの人々ですが、日本向けの輸出食品関連事業者は、実によく勉強をしています。輸出向け水産加工品や農産物、農産加工品の工場見学をしたことがあるのですが、国際的な衛生プログラムを導入して、日本が求める高い品質基準と食品衛生法が定める規格基準をクリアするために現場で努力をしています。関係者の方々とお話をすると「日本向け輸出食品は特に気を使っている。食の安全についても学び、法令についても熟知している。これだけやっているのに、なぜ日本の消費者が不安に思うのか、よくわからない」と言われます。日本の消費者の食に対する不信感について、安全と安心について説明すると、さらに不思議な顔をされます。「タイでも安全と安心は異なる言葉で区別して使う。でも安心という言葉は個々人によって全く異なる感覚的な概念だから、安全とは明確に分けて使う」と言うのです。日本では食の安全・安心とまとめた用語として用いることが多いのですが、その感覚こそ海外からみるとおかしいことかもしれません。

*帰国して思うこと

 タイから帰国して、食中毒のリスク、感染症のリスクや政情不安から解放され、野良犬のいない整備された平坦な道を歩くと、日本はつくづく平和で安全な国だと思います。帰国後、食の安全に関する学習会などで、様々な立場の方と意見交換をする機会があるのですが、タイのくらしを思い出すと時々不思議な気持ちになります。食についてこれだけ安全が確保されている国で、しかもリスクを考える上での科学のモノサシを使えるよう十分に教育を受けている日本人のはずなのに、なぜ食の安全や健康を取り巻く極端な情報に振り回され、不安に陥ってしまうのでしょうか。消費者が安心できない背景はわかるけど、時にナーバスすぎるのでは?と思うこともあります。
 南国ボケと言われればそれまでですが、私たちの食を支える遠い国の人たちに思いを馳せてみてほしいと思います。海外の食に携わる人たちと日本の消費者をつなぐ何か良い方法がないのだろうか、そんなことを考え始めています。