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vol11.ゴールデン・ピーチの文化論

我妻もえ子:2010年10月

先だって東京に帰省したおり、香港の友人にお土産を頼まれました。いわく「ゴールデンピーチ(黄金桃)がほしい」と。これにはハタと困りました。税関で働く彼女が言うからには、日本からお土産として持ってくる分に問題はないとしても、9月の終わりで、ぶどうやなしならともかく、既に桃のシーズンではない。果物の季節感というものを、日本で流行しているガーデニングのようなものには関心のない彼女に一体どう説明したらいいか。しかも香港は、季節はあっても、雪は降らず亜熱帯のような気候が一年中続くところです。彼女も日本に旅行者として通っていると言うわけでもなく、地産地消などといっても通じなさそう。わたしは散々無理だ、季節じゃない、などと彼女に文句を言った挙句に、東京の出先で探してみました。日持ちや持ち運びという手間と時間とを考えると、できれば香港に戻る直前に、それも近くで買えたらベストだろう、と。幸い、とあるレストランの産直野菜売り場にゴールデンピーチではなかったのですが、ばら売りの「桃」が置いてあったので、これ幸いと前日にいくつか買って、彼女へのお土産としました。これには後日談がありまして、彼女はわたしが戻ってきた翌日に家に食事に来て、何と香港のスーパーで買った「ゴールデンピーチ」をわたしへのお土産に持ってきてくれました。つまり彼女が香港で買ったゴールデンピーチと、わたしが日本から買ってわざわざ運んできた桃とのお土産の交換、となったわけです。香港で今、手に入るのなら、わたしの先週の東京での苦労はどうしてくれるの、と毒づきたくなりました。

後から考えたのですが、これは彼女のことを何も知らない外国人、などといって済ませられる問題ではないんじゃないかと。自分が行ったことのない国で言葉のわからない国、例えばフィリピンについては、わたしも「ハロハロ」(デザート)や「タマリンド」(フルーツ)くらいしか思いつきません。日本の皆さんにとっても、例えば中国に行ったことのない方にとっては、「ぎょうざ」が中国のイメージを代表していたり、イギリスに行ったことのない方にとっては、「フィッシュアンドチップス」がイギリスのイメージを代表していたりなどということは、意外とよくあることなのではないでしょうか。異文化とは別名、自分のバイアスだと言いますが、彼女にとっての「ゴールデンピーチ」という異文化は、わたしにとっては香港という異文化の窓であったりもします。日本語も日本文化もわからなくても、ゴールデンピーチはおいしい、という。他の多くの香港の人たち同様、メード・イン・ジャパンを消費者と言う形で吸収してはいても、日本語はできない(らしい)彼女にとっての日本の象徴というのは、すなわちゴールデンピーチ、のようなモノでしかなかったりするわけです。それこそ、香港の日系デパートに通年で日本から輸入されていて、いつでもお金を払えば手軽に手に入るような、コンテキストから切り離された、個別の消費財。今をときめく「日本人の知らない日本語」(海野凪子さん原作)ならぬ「日本人の知らない日本文化」を目の当たりにして、他の人にどう伝えたらうまく伝わるんだろう、と異文化理解について考えさせられた一件でした。